「ブラック企業」の定義と「いい会社」問題。

<そもそも「ブラック企業」とは>

「ブラック企業」といえば、「低賃金でハードワーク」「ワンマン経営者と理不尽な上司」「使い潰され、報われない労働者」…といったイメージを抱かれることだろう。まさにその通り。長らく社会問題となりながらも、いまだにしぶとく生き永らえ、被害報告も後を絶たない迷惑この上ない存在である。

ちなみに、私が定義するところのブラック企業とは

「経営陣に遵法意識がなく、アンフェアな競争で私利私欲を追求することで、従業員、取引先、地域社会に迷惑をかけるクソ未満の存在」

だ。キーワードは「アンフェア」。まともな会社であれば労働法を守り、極力残業させず、残業代も社会保険もキッチリ払って真っ当な経営をするのだが、ブラック企業は法律を無視し、従業員を馬車馬のように働かせ、払うべきお金を払おうとしない。すなわち労働力を「安くコキ使う」ことができるので、その分商品やサービスをまともな会社より安く出せる。そうすれば「コスパ」重視の消費者に選ばれ、アンフェアなことをやっているのに競争に勝ててしまう。こうやって「悪貨が良貨を駆逐する」状態になってしまうと、まともな経営をしているまともな会社がバカを見ることになる。これでは世の中は良くならないし、誰も報われないことになってしまう。

<ブラック企業は全て悪なのか>

「ブラック企業」を厳密に定義するのは難しい。人それぞれの価値観によって捉えかたも異なるためだ。一般的には「大量採用した若者を、過重労働とパワハラで使い潰す」「違法行為を黙認し、私利私欲を追求する」というふうに、「悪意をもった卑劣な会社」として認識されている。

また一般的にブラックと認識されがちな業種として、「飲食・接客」「介護サービス」「不動産」「アパレル」「運輸・運送」などが挙げられる。いずれも労働集約的な面があり、激務の割に薄給で、離職者が多い…といったイメージが共通しているようだ。

しかし、「長時間労働だからブラック」とは言い切れない面がある。たとえばある会社が「ハードワークで離職率も高い」という点だけをとればブラックかもしれないが、一方で「実績に応じて青天井の報酬が得られる」とか「濃密な経験を積めて独立できるため、あえてその厳しい環境を目指す」といったメリットが存在するケースもある。「お金」「キャリア」「働く環境」「自由な時間」…仕事や人生において何を優先するのかによって、ある人にとっては理想的な会社が別の人にとっては超絶ブラックであったり、その逆もあったりすることだろう。判断基準としての「ブラック企業」はあくまで相対的なものなのだ。

実際、莫大な赤字を垂れ流し、平然と大量リストラをやっていても、「大手有名企業」というだけで応募者が殺到する会社がある。一方、高収益で成長していても、「長時間労働でプレッシャーが厳しそう」というイメージから、ブラック企業と認識されている会社もある。どちらが良い、悪い、というお話ではなく、あくまであなたが働く上で何を重視するのか、という価値観の問題であり、働く当事者ではない周囲の意見に振り回される必要はない。もしあなたが入社後に「ブラック企業かも…」と考えたり、周囲からあなたの会社をブラック企業呼ばわりされたりしたときは、「自分は何を重視してこの会社/仕事を選んだのか?」と思い返してみるといいだろう。

「いい会社」と「ブラック企業」は表裏一体なところがあり、こちらを重視すればあちらが立たない、といったことが起こり得る。ここで具体的な事例をご覧頂きながら、「何をもって『いい会社』とするか」「どんな要素があれば『ブラック企業』なのか」について考えてみよう。

 「いい会社」の定義もまた様々だが、ここでは簡略化して「その会社の商品やサービスのユーザーである顧客にとっていい会社」「その会社に投資をしている株主にとっていい会社」そして「その会社で働く従業員にとっていい会社」の3つに分けて考察する。

<顧客にとっていい会社>

・リーズナブルな商品、サービスを提供している

・高品質な商品、サービスを提供している

・対応が迅速で丁寧

・365日、24時間営業している

・多少の無理難題は聴き入れてくれる

<株主にとっていい会社>

・儲かっている

・効率良く経営できている

・借金が少なく、財務体質が強固

・継続的に成長している

・差別化できる強みや技術がある

たとえば、ディスカウントストア「ドン・キホーテ」を運営する「パン・パシフィックインターナショナルHD」は業績絶好調で、31期連続増収増益を達成している。事業環境が厳しい小売業で、この業績は偉業といえるだろう。またグループ全体の売上高・総資産・時価総額はすべて1兆円を超え、国内小売企業ではイオングループ、セブン&アイ・ホールディングス、ファーストリテイリングに次いで4社目となる「トリプルトリリオン」をも達成しているのだ。

同社は業界に先駆けて深夜営業や海外向けのPRをおこない、外国人観光客の取り込みを地道に継続してきた。結果として、海外の日本観光ガイドブックにドン・キホーテの店舗が観光地として紹介されるに至ったことで、インバウンド需要も取り込むことができたのである。

同社のROE(自己資本利益率)は13%を超えており、この水準はイオンやセブン&アイを上回っているどころか、TOPIX(東証株価指数)採用企業の平均水準(9%程度)よりも上だ。「8%を超えれば優良」とされるROEの点では、同社は日本トップクラスの優良企業とさえいえるのである。

しかし、同社は以前長時間労働等が原因で「ブラック企業大賞」にノミネートされたことがあり、また業界ならではのハードワークというイメージが根強いのか、ネット上ではブラック企業との噂もある。何を重視するか、どんな切り口で捉えるかによって、同じ企業でも評価は真っ二つに分かれるのだ。

<従業員にとっていい会社>

・やりたい仕事ができる

・休みが取りやすく、残業が少ない

・社風がいい

・ブランドや知名度がある

・給料が高い

このように、労働・職場環境が整っており、福利厚生も手厚い企業のことを総称して俗に「ホワイト企業」と呼ばれる。こちらもブラック企業同様、明確な基準は存在しないが、「離職率が低い」「残業時間が少ない」「安定したシェアを持ち、無理な拡販をする必要がない」といった要素が共通点のようだ。

経済系メディアでは定期的に「離職率が低いホワイト企業トップ300」などといったランキングが発表され、新卒から3年でも誰も辞めていない会社が上位に並んでいる。しかし、この判断基準にも落とし穴はある。名誉のため具体的な企業名は明らかにできないが、これら「定着率100%」の会社の中にも、私がこれまで「もう辞めたい…」と相談に乗った方が在籍していた企業は相当数存在しているのだ。彼らが訴えていた不満に共通していたのは次のような点であったことを思い出す。

「仕事はラクだしプレッシャーもほぼないため居心地は良いが、ルーティン業務中心で自分が成長している実感が全く持てない」

「完全年功序列で、仕事を多少サボっていても評価が落ちない代わりに、成果を挙げたところで給料はほぼ変わらない」

「最終顧客と遠い。掛け声は『顧客重視』だが、社内会議の資料作成に多くの時間と手間をかけてばかり。普段の会話にも顧客が出てきたためしがなく、自分たちが価値提供できている実感が持てない」

「上の世代が詰まっているため出世が遅くなる。かつその世代はギリギリ逃げきれると考えてるのか、やる気は見られないのに会社にはしがみつこうと必死」…

このように、「誰にとってもいい会社」は存在しない。あるのは「自分にとっていい会社」だけなのだ。「何をもって『いい』と考えるのか?」「この会社での仕事経験は、自分の将来に資するものなのか?」というふうに、自分で自分が大切にしたい判断基準を分かっておくことが重要である。

従って、「多少ハードワークでプレッシャーも厳しく、ブラック企業と呼ぶ人もいるが、自分はそんな環境で成長したいし稼ぎたい。だからブラック企業を選ぶ」という選択肢もあってよい。もちろん、違法企業への就労を奨励しているわけではないし、違法であることを知りながら私利私欲のために人を使い潰すような会社はサッサと潰れろと考えている。しかし、世間が言うところの「ブラック」をそのまま真に受けて、思考停止になることは避けてほしいのだ。その会社があなたにフィットしていて、長く勤められるようならそれでよし。もし何かしらミスマッチがあって転職することがあったとしても、あなたの「ブラックと呼ばれるくらいのハードな環境で鍛えられた」という経歴は転職市場において立派に機能するはずだ。ぜひ、自分自身の価値観を大切にして、仕事をしていってほしい。

この記事を書いた人

新田 龍

働き方改革総合研究所株式会社代表取締役、ブラック企業アナリスト。
「ブラック企業就職偏差値ランキング」ワースト企業出身。働き方改革推進による労働環境およびレピュテーション改善支援と、悪意ある取引先相手のこじれたトラブル解決が専門。各種メディアで労働問題・ブラック企業問題を語り、優良企業は顕彰。トラブル解決&レピュテーション改善実績多数。著書21冊。

ブラック企業に一矢報いる退職交渉代行サービス『ブラック辞めたい.com』

トラブル解決実績豊富な労働組合が円満退職をサポート!

詳しく見る

新田龍との1:1トラブル相談90分@ZOOMビデオ通話/対面

相談90分 20,000円〜

詳しく見る